小説みたいの書いてみた。

こんちは!
なんか暇なので、小説を書いてみました。(おいコラ受験生
結構本気になって書いてみましたw
よかったら見てくださいw
 
 
 
マーク     ARuFa
俺の家族は二人家族。母親と俺だけだ。
父親は俺が生まれてすぐに死んでしまったらしい。
だからといって別に悲しい訳でもなかった。
が、母は大変そうだった。
女手ひとつで俺を育ててくれた母親は、はっきり言って大好きだ。
 
母は、俺が小さい頃、よく絵を描いてくれた。
母の絵は不思議な魅力があった。
俺が泣いている時も、母が絵を描いてくれると何故か涙もおさまった。
 
小学校の頃、俺がイジメにあったことがあった。
靴を隠されるのは当たり前。
金に余裕の無い母が、俺の誕生日に買ってくれたふでばこも壊された。
毎日泣いた。
でも、母に心配をかけられないので「ころんだ」とか言ってごまかしていた。
 
ある日、あまりのイジメの酷さに担任の先生が母に連絡したらしく、
家に帰ると母親にイジメのことについて聞かれた。
「イジメにあっているの?」
そう聞かれた俺は「うん」としか答えられなかった。
俺の返事を聞くを母の表情は一瞬曇り、
「そう・・・・」
と言い、すぐに明るくなったと思ったらそばにあったチラシを取った。
そしてチラシの裏に楽しそうに何かを描いた。
「できた!」
子供のような笑顔を浮かべると母は言った。
「今からそのマークはお母さんと貴志だけのマークだよ!」
それは、よくある花の絵の中心に、俺の名前の「たかし」の「た」の文字が入ったマークだった。
どうしていいか困っていた俺に母は言った。
「このマークは貴志が困ったときにお願いすれば、その願いを一つだけ叶えてくれます!」
そういって、母親は俺にチラシをくれた。
幼かった俺も、母親が元気づけようとしてくれているのだということに気づき、笑顔で受け取った。
それから俺はそのマークを切り取り、持ち歩くようになった。
 
その後も俺はイジメを受け続けたが、マークを頼りにしたりしなかった。
別に効力を信じていた訳ではなかったが、せめて母に使ってやりたかった。
 
一ヵ月後、母親が仕事を休み気味になっていた。
俺はついにこのマークを使うことができる喜びのようなものを感じていた。
日課のようになったイジメを耐え、駆け足で家に帰った。
ボロボロになったランドセルからマークを取り出し、左手に持った。
効果が無くても気持ちが大切なんだ。
願い事は「お母さんの具合が良くなるように」だった。
これを言った瞬間の母の笑顔が目に浮かんだ。
いつもは台所にいるけど、今日は寝室かな?と考えながら玄関のドアを開けた。
 
母は台所に倒れていた。
台所の上には作りかけのアップルパイがあった。
俺はすぐさま救急車を呼んだ。母にはまだ意識があった。
俺が母の名前を呼ぶと、
「貴志…お母さん、弱くてごめんね…もう…だめみたい…」
と、今にも消えそうな弱い声で言った。俺は叫んだ。
「何言ってるんだよ!死んじゃ嫌だよ!」
俺はマークを握り締めながら願いを叫んだ。
「お母さんとずっと一緒に居たい!一緒にまた楽しく過ごしたいよ!」
 
が、願いもむなしく、母は病院に運ばれた後、死んでしまった。

祖母の家に引き取られた俺は十年後、結婚をし、子供も生まれた。女の子だ。
名前は「望(のぞみ)」だ。
それから二年経ち、望もまだ一個だけだが「ただいま」と喋れるようになった。
俺が会社から帰ったときに、真っ先に望に言う言葉だからだろう。
 
ある日の休日。
俺が新聞を読んでいた。妻はアップルパイを作っていて、望は遠くで何かをしていた。
10分くらいした頃。望が壁につかまりながら俺のほうに歩いてきた。
手には何かが描かれたような紙のようなものを持っている。
ついさっきまで新聞を読んでいたからピントが合わず、よく見えなかった。
そうしている間に、望は俺の正面に座わって、持っている紙を元気よく俺に手渡した。
それはチラシだった。
「ただいま!」
そう望に言われ、俺はチラシの裏を見た。
 
チン!という音とともに、アップルパイが焼きあがった。
 
 
おわり
 
 
 
 
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・・・どうでしたか?
俺だってやる時はやるんですよwwww
解説としては・・・
マークの願いが叶って、「母」が「俺」のもとへ生まれ変わった。
と、言うことですねw
あ、あと著作権は俺(ここのブログの管理人)にありますからね。俺の作品ですw
 

まあね、俺だってただハッチャけてる馬鹿じゃないんですよ!わっしょい!!
まあ、馬鹿ですけどね。ありがとうござます。
ARuFaの日記もたまにはこういうキレイな感じでもいいんじゃないでしょうか?
ではまた!