小説風日記「悲しみのナマハゲ」

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私「んぬ・・・・・う・・・頭痛い・・・」
午後2時。元気な子供ならば一度起きて再び眠くなる程の、一周回って逆に眠い時間帯。
そんな昼真っ盛りに、頭をかきながら薄い布団を足で跳ねのけ、のそりと起きあがる男がいた。私である。
私は大学二年生、ピチピチの20歳である。彼女はまだ無い。
中肉中背、身長はやや小さいが器は大きく、好青年である。彼女はまだ無い。
しかし、そんな好青年であろう私が、顔を鬼のようにして苦しんでいるのは、昨日、友人のラユ氏と共に居酒屋にてドンチャン騒ぎをしたからである。
ラユ氏は「これを飲み干したら、彼女ができるよ」と、何の根拠の無いアホ丸出しな理由で何度も私に酒を勧めてきた。
そして私は、その度にそのアホに乗っかり、しっかりと酔い潰れたのだ。
アホを持ってアホを制す。全く素晴らしいネゴシエーターである。
まとめると、私は二日酔いということになる。
 

 
金だらいを頭の中でガンガンと鳴らされているような頭痛に襲われながらも、私はやっとの思いでリビングのドアの前に辿りつく事に成功した。
リビングのドアのすりガラスからは、リビングの明かりと共に室内の家族の声が薄暗い廊下にもれている。
「二日酔いで頭が痛いんだ。頼むから静かに出迎えてくれ。」
私はそう願い、リビングのドアを開けた。
 
母「ウンバボォオオオ!!! ウングギョビュボゴゴゴロオ!!ベボベボ!」
 
私はドアを閉めた。
そこには確かに怪物がいたからだ。
顔はナマハゲのようであり、体格もナマハゲのようであり、さらにいうと動きもナマハゲそのものである怪物がドアの前に君臨していた。
つまりは母である。母がドアの前で待ち伏せをしていたのだ。
よく見ると、すりガラスにはこちらを向いて仁王立ちする母の姿がうっすらと見える。二日酔いのためか、こんなブービートラップに気付けなかった自分が腹立たしい。
私は、「ウンバボなんとか」とかいう大声を食らった頭を落ち着かせ、再びリビングのドアを開けた。なあにこんなもの、あらかじめ来るとわかっていれば何も感じないだろう。
私 「おはy・・・・!?」
しかしそこには、母ナマハゲの他に3人の小ナマハゲが君臨していた。
 
母 「あばっびょびょびょびょおおおおおおおおおおお!!!」
長女「んんんんんっっっっっっぼおおおおおおおおおおお!!!!」
次男「ドンドコドンドンドンドコドンドンドンドコドンドン!!!」
次女「ウーーーーパーーーーーーールーーーーーパァァァァァアァ!!!」
 
私は再びドアを閉めた。
まさかナマハゲが増えるとは思ってもみなかったからである。次男は何故か全裸であった。
寝起き時、何の気なしにリビングのドアを開ける所を想像してほしい。
今日の朝食は何にしようか、今日の天気はなんだろうか、などと考えながら開けたドアの先には4人のナマハゲが立っており、内一人は全裸である。
その上、もれなく全員から奇声をあげられたら人間はどうなるのか。
「考えるのをやめる」のである。
私は無言でドアを開けた後、待ち受けるナマハゲ四天王を蹴散らし、リビングのソファの上に倒れた。
なおもナマハゲ達は私を襲おうとしてきたが、その内の全裸のナマハゲの股間を洗濯バサミで挟んだとたんに近寄って来なくなった。
彼らにも学習能力があるようである。次男は泣いた。
私がナマハゲ達、もとい「ハゲ's」に何故このような卑劣なイタズラをしたのかを聞くと、ハゲ'sは理由を答えてくれた。
長女「私は、あなたが昨日お酒をたくさん飲んでいる事を知っています。」
次女「なので、今日が二日酔いだということも知っています。」
母 「だからこそ、あえて大きい音を出して、あなたを苦しめるのです。」
ここは地獄か。
私がナマハゲだと思っていた者たちは、ナマハゲの皮をかぶった鬼であったのだ。
あまり変わらない。
 

 
午後3時。
未だに頭の中の金だらいが元気に飛び跳ねている私に、母が近寄って来た。
20年程の時間を母と過ごした結果わかった事なのだが、こういう時に母が私に近寄ってくる理由は、大きく分けて3つあるのだ。
1.頼み事をするため。
2.私に嫌がらせをするため。
3.私に無意味な奇声を浴びせるため。
必ず、この3つの内のいずれかなのである。さあ、今回はどれか。
 
母 「スーパーで豆腐を買ってくれくれない? その二日酔いの体で。お願いピョコピョコプン☆」
全てであった。
 

 
ピラミッド作りの監視員並みに人使い荒い母に買い物を頼まれた私は、うだうだと分厚いコートに腕を通し、家を出た。
外気は冷たく、冬の訪れを感じさせる。11月の冷たい風は、二日酔いの頭にはちょうど良い心地だったので、私は上機嫌でスーパーへ向かった。
 
スーパーに到着し、豆腐売り場に行くと、ふとある疑問が浮かんだ。
豆腐は「絹ごし」か「木綿」。どちらを買えば良いのだろうか。ということである。
こういう場合、私が絹ごし豆腐を買って帰ると「ああ、木綿だったのに。」と言われ、
かと言って木綿豆腐を買うと、「ああ、絹ごしだったのに。」と言われる可能性が非常に高い。
「失敗する余地があるなら、失敗する」との、マーフィの法則に乗っ取るのならば、私がこの2つの豆腐のどちらを選んでも、それは間違った選択になるのだろう。
ならば直接聞いた方が早い。
私は携帯電話を使い、母にどちらの豆腐を買うべきなのかをメールした。
 

私:「豆腐は、『絹ごし』と『木綿』どっち?」
 
しばらくして、母から返信が届いた。
 
うわ
母:「 内緒☆ 」
うっざ。
真にウザいことこの上無しに候。である。
何故母は自分が頼んだ豆腐の種類を秘密にするのか、そこにメリットは存在するのだろうか。
先程の「失敗する余地があるなら、失敗する」という言葉を再び引用するならば、今回の私の選択は「母に連絡したこと」が失敗だったのかもしれない。
まさに八方塞がりではないか。己の逃げ道を、絹ごし豆腐と木綿豆腐に塞がれた私は、迷いに迷った挙句、
大豆を買った。
原料ならば、文句も言われまい。
 

 
母 「原料かよ。」
文句を言われてしまった。何と言う図々しさであろうか。主婦ならば原料から豆腐を作るべきだろう。
木綿でも、絹ごしでも、原料からならば自由自在だ。 どこからでもかかってこい。
母 「今日の夕飯は、すき焼きの予定だったのになぁ。」
私 「え。」
母 「豆腐の無いすき焼きなんて、すき焼きじゃないから、すき焼きは明日に延期ね。」
私 「そんな馬鹿な。」
うかつだった。 今日の夕飯がすき焼きだとは。
こんな事ならば、木綿でも絹ごしでも豆腐を買うべきであった。何たる失態!
 

 
すき焼きの無くなったその夜。私が涙を飲みながら煮豆を食べたのは言うまでも無い。
すき焼きの予定を狂わされた我々家族は、皆、悔し涙を流しながら煮豆を口に運ぶ。
ふと、長女が私に言った。
長女「お兄ちゃんの顔、ナマハゲみたいになってるよ。」
私 「いや、お前の顔もナマハゲみたいになってるぞ。」
周りを見ると、すき焼きを失った悲しみから、家族全員ナマハゲのような恐ろしい顔で煮豆をつまんでいた。
散々ナマハゲを小馬鹿にした私も、ついにはその仲間、ハゲ'sの立派な仲間になってしまった。
食卓で5人のナマハゲが静かに煮豆をつまむ中、家の外に自転車を止める音が響いた。
父親の帰宅である。
 
 

 
私は油の乗った48歳のサラリーマン。6人家族の父である。
今日も汗をかきつつ仕事をこなし、我が家に帰宅することができた。
妻からのメールでわかった事だが、今日の夕飯はすき焼きらしい。とても楽しみだ。
玄関で靴を脱ぎ、廊下を渡り、リビングのドアの前に立つ。すりガラスからは室内の明かりが廊下に漏れている。
きっと家族は一足先にすき焼きを食べているに違いない。父である私のおかげですき焼きを食べることができるというのに何事か。
しかし、そんな小さい事はどうでもいい。家族の笑顔こそ私の幸せであり、すき焼きも同じく私の幸せである。
さあ、早くすき焼きを家族と食べよう。今夜は一家だんらんだ。
 
私は笑顔でリビングのドアを開けた。
「ただいま!」
 
しかし、私を待ち受けていたのは、悲しい顔をした5人のナマハゲだった。
 
 
「悲しみのナマハゲ」 完
 
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