間違い

春の午後。
太陽が出ていて、風も少なく、とても暖かい春の午後。
僕は自分の部屋の窓を開け、読書をしていた。
時折吹く、緑の香りをまとったそよ風にページを先送りされては戻し、僕はとても幸せな気分でいた。
目をつぶって思いっきり深呼吸をする。僕の体の中にとても心地の良い風が吹く。
そして思いっきり息を吐く。体中の空気が入れ替わったような気分になる。
ゆっくり目を開け、窓の方を見た。
一人のスーツを着た男がこちらを覗いていた。
「ッ!?」
驚いた。僕の脳内でさまざまな想いが暴れる。
おい何だよ。ノゾキか?ここは二階だぞ。男をノゾくなよ。あれ?背中に羽が生えてないか?天使?化け物?
「ど、どうも、こんな昼間からすみません。」
と、男が言った。僕はまだ声を出せずにいた。
「驚くのも無理ありませんよね・・・すみません。いきなり出てきちゃって・・・」
僕はようやく言葉を話せるようになった。
「なんだよ!?・・・強盗か!?・・・通報するぞっ・・・」
すると、男は申し訳なさそうに言った。
「すみません、ですが私の体はあなた以外の方には見えませんし、強盗でもありません。」
そしてスーツの中から名刺を出し、僕に差し出しながらこう言った。
「そして・・・・私は人間でもありません。」
「え・・?」
名刺にはこう書かれていた。
『有限会社 天の声  死亡時刻通達・死因相談人  広沢 健二 』
「死亡・・・・?」
僕が状況を理解してないと思ったのか、男は、申し訳なさそうに言った。
「・・・私、あなたの死亡時間をお伝えしに来ました。・・・すみません。」
は?何を言っているんだこいつは。死亡?俺が死ぬのか?こんなに幸せな気分なのに?
「俺が・・・死ぬんですか?」
「・・・・はい。」
その後、男は簡単な説明をしてくれた。
それを要約すると、僕はこれから1時間後にこの世から居なくなる。つまり「死ぬ」らしい。
スーツの男、広沢はその事を僕に知らせに来た自称「天使」だそうだ。
男は死亡時刻を通達する会社の新入社員だそうだ。
「・・・本当に俺は死ぬのか?」
正直、信じきれなかったが、男は嘘をついている様子は無かったし、
実際に生えている羽で空を飛んでいるところを見てしまったからには信じるしかない。
「はい、あとぴったり1時間後に、あなたの魂はこの世から亡くなります。」
「そうか・・・」
「ええ、僕もこれが始めての仕事なんで、頑張ってあなたの最期を見届けるつもりです。」
男の言動に、そいつに飛び掛りそうになったが、人間が天使に勝てるはずもなさそうなので、やめておいた。
「あと、1時間か・・・」
「そうですね、何か思い残したことはありませんか?」
正直、この世に未練はたくさんあった。買いたい者だってあるし、したいこともある。何より今読んでいる本を全て読んでしまいたい。
が、僕には絶対に会いたい人がいた。
「会いたい人がいるんだ・・・・」
「そうなんですか、では今すぐに会いに行った方がいいですね。あと58分ですよ。」
会いたい人というのは、僕がずっと昔に好きだった女の子だ。
その子は僕が中学校時代の時に好きだった子で、中学3年の夏に引っ越してしまった子だ。
今でも連絡は取っていて、明日一緒に会うことになっていた。
でも、僕は今日で死んでしまう。そんなのあんまりだ。なら今日会いに行ってやる。
「じゃあ、今から会いに行く。あと何分で俺は死ぬ?」
「あと・・・56分ですね。」
十分だった。彼女はここから電車で30分もあれば着く場所に住んでいた。
僕は財布と携帯電話を持って、家を駆け出した。
「あ、ちょ、待ってくださいよー」
天使の男も飛べばいいのに、わざわざ走ってついてきた。
僕は歩いて10分の最寄り駅に全力疾走で向かった。運悪く自転車は修理に出している。
「はぁ・・・はぁ・・・火事場の馬鹿力ってやつですね・・・・」
今は男の言葉に耳をかしている場合ではない。僕は拳を固く握り締めて走った。
駅のホームで、彼女へ会いに行く電車を待っている時間がとても長く感じた。
こんなことなら本なんて読まないで、彼女に会いに行くんだった。と心底思った。
でも、男が来なきゃ、彼女に会おうとしてなかったんだよな。
・・・電車は予定時刻を大幅に過ぎてホームに滑り込んできた。人身事故があったらしい。
「あー、人身事故ですか、僕の同僚の担当のお客さんも、自分の死亡時刻を言われて、自殺しちゃったみたいですよ。」
「・・・・・・・・あと、何分で俺は死ぬんだ?」
「・・・あと・・・・28分です。」
「・・・・・・・・・・。」
電車は人身事故の遅れを取り戻すためにいつもより早いスピードで走っていたが、それでも僕にはとても遅く感じた。
なんでこの電車はこんなに遅いのか、別にもっと早くても平気じゃないか。・・・僕は焦っていた。
・・・彼女の住んでいる町の駅に着いたのは、それから20分後。
「残り、8分です。頑張ってくださいね!!」
「ああもう!!!」
僕は駅を出ると、自分でも驚くようなスピードで彼女の家に向かった。
彼女の家は前に地図をもらったことがあるから覚えていた。
走って、走って、転んでも走って、息が切れても走り続けた。
そして僕が彼女の家に着いたのは、死亡時刻2分前。
「・・・・あと、120秒です。」
僕は、震える手で彼女の家のインターホンを鳴らした。
数秒送れで、家の中から声が聞こえる。彼女の母親の声だ。
「あら、ケンちゃんじゃないの、どうしたの?そんな顔して。」
「・・・あの・・・佳世さんに・・・会わせて・・くだ・・・さ・・い・・・」
僕は息も切れ切れ、彼女の母親に言った。
「あらー・・・あの子、今、友達と一緒に出かけてるのよー。確か渋谷とか言ってたわよ。」
その瞬間、体中の力が抜けた。
「・・・あと、60秒です。」
僕は彼女の母親に別れを告げると、泣いた。大声で泣いた。
ここから渋谷に60秒で行けるはず無い。もし奇跡が起きていけたとしても渋谷の人ごみから彼女を見つけるのは無理だ。
僕は自分の無力さを憎んだ。
「ちくしょう・・・くそっ・・・・・・・・・」
「あと、30秒です。」
せめて、死ぬならひっそり死のうと、思い、彼女の家の隣の公園の茂みに寝転がった。
「あと5秒」
「・・・・・・・」
ああ。俺は死ぬのか。結構楽しい人生だったよな。
「4――」
彼女には会えなかったけど・・・まあいいか・・・
「3――」
天国・・・いけるかな・・・
「2――・・・・あれ?」
男が驚いたように言った。静かに死なせてほしいから少し黙っていてくれ。
「あの、あなたのお名前は『吉田 亮』さんでいいんですよね?」
え?
「いや、俺の名前は『吉田 剛』だけど・・・剛ね、『ごう』。」
「あー!!すいません!!・・・・間違っちゃいました!!」
「!?」
男は、急に大声を出して、言った。
「すいません!人違いでした!!・・・死ぬのは『吉田 亮』さんで、『吉田 剛』、あなたじゃありません!」
「え・・・・・」
「本当にすいません・・・間違っちゃったみたいです。ちょっと今、会社に連絡してきます。」
そういうと、男は携帯電話のようなものを取り出して電話をし始めた。
どうやら僕は死なないらしい。
一瞬とてつもない怒りがこみ上げてきたが、それはすぐに無くなり、喜びへと変わった。
やったぞ!『吉田 亮』さんには悪いけど、俺は死なないぞ!! これで明日彼女に会える!!
実際、僕は今まで「死」というものを軽く見ていた。
でも、スーツの男のおかげで、命の大切さに気がついた。
もしかしたら、男は、僕に命の大切さを教えに来てくれたのかもしれない。そう思った。感謝しよう。
明日は何をしようかな。彼女とどこへ行こうかな。僕は幸せでしょうがなかった。
男が電話を終え、帰ってきた。そうだ、お礼をでも言おうかな。
すると男が言った。
「今本社と連絡してきたんですが、結局、あなたも今日死ぬみたいですよ。亮さんも、剛さんも。サーセン
やっぱり死んだ。
 
 
___________________
俺「・・・こんな感じでさ、一度の間違いは許されるけど、二度目の間違いはガッカリ以上のものがあるんだ。」
妹「3行でまとめろよ。死ね。」
弟「とりあえず、うんこしたい。」