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感動小説「遠くの君へ」

拝啓 由紀(ゆき)様

10月。夏の暑さも遠のき、残暑の気配すらも涼やかな風と共に去っていきました。
日も短くなり、夕方頃から一斉に鳴き出す鈴虫達の声を聞くと、父さんは毎年のようにあなたの事が気になって仕方がありません。
由紀、元気にしていますか?
  

 
あなたがこの家から出て行ったのは、もう5年も前のこと。ちょうど10月のことでしたね。
当時のあなたは16歳。高校一年生のあなたは真新しい制服に身を包み、二つに結んだ髪を揺らしながら毎日元気に登校していましたね。
父さんはそんなあなたを、自慢の娘としてとても誇りに思っていたのですよ。
そのため、少し溺愛し過ぎてしまったのかもしれませんね。
16歳頃の女の子といえば、親に対して反抗的になってしまう時期だということは、重々承知していました。
いわゆる「反抗期」です。
父さんの友達にも、娘が反抗期になり四苦八苦している人がたくさんおり、その苦労話もたくさん聞いていました。
しかし、父さんの心にはどこか「うちの由紀なら大丈夫」という、妙な自信がありました。
もしかしたら、決してそれは自信などではなく、自分の娘が自分を嫌う日が来るという現実から必死に逃避しようとしていたのかもしれません。
不思議でしょう。しかし、それが「親」というものなのです。
そのため、あの日、由紀に言われた言葉は、大変衝撃的でした。
 

 
16年前、あなたは生まれました。
予定より1週間ほど早く生まれたということで、私達は早速あなたの無事を心配させられました。
思えばその出来事があったために、父さんは心配性になってしまったのかもしれませんね。
 
しかし、そんな母さんと父さんの心配をよそに、あなたはすくすくと育っていきました。
1歳の頃、あなたが初めて口にした言葉を覚えていますか?
あなたの第一声は「パパ」。にこにこと笑いながら言ってくれたのですよ。
その時、母さんと父さんは「由紀がパパとママ、どちらを先に呼ぶか」という競争をしていたので、父さんは母さんに少し勝てたような気がしました。
 
3歳になり、幼稚園へ入学することになった時、あなたは頻繁に「離れたくない」と泣きわめきましたね。
そんなあなたに、私たちは心を鬼にして叱りましたが、じつはあの時は私達も泣きたい思いでいっぱいだったのです。
しかし、慣れてしまえば早いもので、あなたはたくさん友達と毎日のように遊んでは、その分家ではぐっすりと寝ていました。
私達があれこれと心配している隙に、あなたはそれらを蹴散らして豪快に突き進みます。
親としてこれ以上嬉しいことはありません。自分の子供がたくましく育っているのですからね。
しかし、ぐんぐん成長するあなたを見て、私達は嬉しさと同時に切なさも感じてしまいました。
いつかあなたが家を出て自立することを考えると、その頃から胸が痛くなったのです。
「できるならばずっと家に居てほしい。」父さんと母さんはそう思っていました。
 
しかし、まさか私のせいであなたが家を出てしまうとは、皮肉なものです。
父さんは、今でも5年前・・・あなたが16歳の頃のあの日を忘れられません。
 

 
あの日、あなたは文化祭の準備ということで、学校に残って準備をしていたそうですね。
なかなか家に帰ってこないあなたを、父さんと母さんは非常に心配していました。
どこかで事故に遭っているのではないか、何らかのトラブルに巻き込まれてしまったのではないか・・・
そんな不安が渦を巻き、時間が経つにつれてその不安は大きくなっていきます。
22時を回った頃、やっとあなたが家に帰ってきた時、父さんは我を忘れてあなたを叱ってしまいました。
「何時だと思っているんだ!?」
すると、息を荒げて激昂する私に、あなたは冷ややかな目でこう言いました。
「・・・お父さんには関係ないでしょ?」
「・・・・!!」
その瞬間、父さんの中で何かが切れた音がしました。
「パチンッ」
気付けば、父さんの手のひらがジンジンと痺れていました。見るとあなたの頬が赤く染まっています。
そこで私は気付いたのです。娘に対して手を上げてしまったのだと。
部屋に響いた破裂音の響きが鳴りやむまでが、永遠に感じられたのを覚えています。
しばらくの沈黙の後、あなたは玄関へ走りだし、母親の静止も振り切って家を飛び出しました。
情けない事に、私はその間ずっと立ちつくす事しかできませんでした。
愛する我が娘に手を上げてしまったこと、そしてその娘が自分の元から離れて行ってしまった現実。
父親として失格ですね。本当にごめんなさい。
 
夜通しの捜索の末、あなたは隣町の祖母の家に居るということがわかり、私達は祖母に頼み、少しの間あなたの世話してもらうことにしました。
時間が全てを解決してくれると思ったのです。
たまに母さんが顔を出したと思いますが、私は一度もあなたに謝りに行くことはできませんでした。
それから数カ月が経ち、時間が経てば経つ程、あなたと私との距離が遠くなってゆくことに気付いた時にはもう遅く、
覚悟を決めて祖母の家に行った時には、あなたはこつこつと溜めたアルバイト代で一人暮らしを始めてしまっていました。
 

 
5年間も連絡が取れず、本当に申し訳ありませんでした。
あの頃から毎年のように10月になると、あなたに謝りたくて手紙を書いていたのですが、
「許してもらえないのではないか」と不安になりポストに投函出来ずにいました。
しかし、このままではいけないと思い、5年という長い月日は経ちましたが、今回勇気を出して手紙を送った次第です。

父親として、どうしても謝りたいのです。
しかし、5年間の思いは文字だけでは伝えきることができません。
なので、今回は私の気持ちとして、ビデオレターを手紙と一緒に同封させて頂きました。
是非、見てくれると嬉しいです。
 
 
 
 
 

http://www.youtube.com/watch?v=73s_DMd6Sbw
 
由紀、帰ってきてくれ。
 
END